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孝平がその言葉を耳にしたのは、生徒会室で財務の手伝いをしている時のことだった。 ふと顔を上げると、東儀白の儚げな横顔が見えた。 日曜日に、一人で街に出かけます。 征一郎に向けられた言葉。 孝平は白が断言したことに疑問を覚えた。 白にしては珍しく、兄に対して距離を置いた言葉のように感じたからだ。 「そうか」 征一郎は特に表情を変えずに頷いた。 そして、礼拝堂に向かう白を目で見送る。 生徒会室には孝平と征一郎だけが残った。 沈黙の中、孝平が口を開く。 「日曜どこに行くんですかね」 「さあな」 「気にならないんですか」 「気にしているように見えるか?」 孝平は少し考えて言った。 「少しは」 「ほう」 征一郎は微かな感心を含んだ双眸でじっと見つめた。 「尾行でもしてみたらどうです?」 冗談まじりに言った。 「一人で何もできない歳でもないだろう」 真剣な答えが返ってきた。 「でも、心配じゃないですか?」 「支倉はどうだ」 そう言って眼鏡のブリッジに軽く触れた。 「心配なら、お前がついて行けばいい」 「俺がですか?」 征一郎は微かに頷いた。 日曜日、白はデパートの地下にあるショーウインドウを覗き込んでいた。 「どれがいいかな……」 ガラスに反射した人形のように繊細な顔の向こうに、いくつもの高級なお茶が並んでいる。 「あれ?」 白は反射するガラスに怪しい人物を見つけた。 似合わないハーフズボンに攻撃的なひよこのプリントされたTシャツ。 昆虫のようなピンクのサングラス。 そしてどこかに特攻しそうなマスク。 その人物が、柱の陰から半身を出して華奢な少女を凝視していた。 尋常ではなかった。 しかし白はその人物にとことこと近寄り、笑顔を見せてお辞儀した。 「支倉先輩、こんにちは」 「なっ!!」 怪しい人物は驚愕した。 「……なんでわかった?」 「え? すぐにわかりますよ?」 不思議そうに小首を傾げる。 「でも、今日はずいぶん……」 まじまじと孝平の姿を見る。 「奇抜な格好ですね」 「かなでさんがチョイスしてくれたんだ……」 目線を逸らして答えた。 かなでの『これこそ変装の真骨頂っ』という言葉を思い出した。 どこがだ、と思った。 「でも、どうして私のこと、じっと見ていたのですか?」 「いやそれは」 何かうまい言い訳をしようとした。 「……じっと見たかったから」 酷い返答だった。 白はこめかみに指を当てて考える。 「よくわかりません」 それはそうだ、俺にだってわからない、と思った。 「あの、お暇でしたら買い物に付き合って下さいませんか」 「お茶?」 白は首を振り、両サイドに結んだ髪が揺れた。 「お茶はもう決めたんです。次は和菓子なんですが……」 そう言って、和菓子コーナーに歩き出した。 孝平はその後をついていく。 「全部おいしそうなんです」 幸せそうな顔で呟いた。 「困りました……」 そして溜息。 「少しずつ買えばいいんじゃ?」 「でも、兄さまはそんなに食べないんです」 征一郎へのお土産らしい。 「東儀先輩はどれが好きなんだ?」 「わからないんです」 困ったように言う。 「なにを食べても、『美味しい』としか」 分かるような気がした。 「男の人ってどんな物が好きなんでしょうか?」 期待を含んだ目で、孝平をじっと見つめる。 「俺の好みはまた別だからな」 「そうですよね……」 がっかりしたように俯く。 「あ、でもこの饅頭はこの間食べてたな」 「これは、あまり甘くなくておいしいです」 |
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「いつもは一つしか手を出さないのに、これは二つ食べてた」 白は目を丸くした。 「凄いですね」 「いや、間違いかもしれないけど」 「いいえ、これにしましょう」 「ご意見を伺えて助かりました」 白はそう言って微笑んだ。 夕暮れの帰り道、白は孝平に聞いた。 「何してるんですか」 「メール」 クールなように見えて、心配しているはずの征一郎に向けて。 ――心配ないです、とだけ。 すると、すぐに返信があった。 ――知っている。しかしあの変装は酷いな。 「近くにいたのか!?」 慌てて辺りを見回す孝平を、白は不思議そうに見ていた。 |
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