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監督生棟の二階にある監督生室の窓から、歴史ある床に陽射しが差し込んでいる。 赤と黒の制服に身を包んだ三人の生徒の姿がそこあった。 チェス盤を挟んで椅子に座っているのは生徒会長の千堂伊織と財務の東儀征一郎。 二人から少し離れた椅子には、学院でもっとも人気のある少女が座っている。 少女はいつもの勝気な表情を曇らせて眉をひそめていた。 「うーん……」 ペンの後ろをこめかみに軽く触れさせて、千堂瑛里華は考え込んだ。 突撃副会長と呼ばれる彼女の前にはノートが置かれている。 そこには新入生への歓迎の言葉が書かれていた。 「苦戦してるようだな」 「もうとっくにできてるわ」 「なら、なぜ唸る?」 軽い口調の伊織の言葉に、瑛里華は下唇を軽く噛んだ。 「……どうも何かが足りない気がするのよ」 「去年の俺を参考にしてみたらどうだ」 「兄さんを?」 ![]() 去年の入学式。 生徒会長である伊織が台上に立った。 『ようこそ新入生の諸君。挨拶はこれで終わりだ』 『それでは歌を一曲披露しよう。聞いてくれ、俺の魂の――』 一呼吸。 『――摩擦音を』 そして、歴史ある講堂棟に伊織の魂の摩擦音とやらが響いたのだった。 ![]() 瑛里華は思い出したことを後悔した。 「あれから何を見習えと」 「よし、ナイトは頂きだ」 「ではクイーンを」 優雅な二人の手によってチェスの駒が盤上を駆ける。 「聞いてるの!?」 「カリカリするな。俺が案を出してやるから」 伊織はそう言って瑛里華に優しく微笑む。 純真な女生徒が見たら、心を奪われるような表情だった。 「いいわよ別に」 ぷいっと顔を背けた。 瑛里華の反応を無視して伊織は続ける。 「挨拶というのは出だしが肝心だ」 意外とまともだと感じたのか瑛里華はちらりと声の主を見た。 「そこで、まず薔薇の花びらを撒こう」 少女の眉がぴくりと歪む。 「その中をお前が微笑みながらくるくると優雅に回る」 冷たい視線を向ける。 「しかも羽の生えた熊の着ぐるみを着て」 視線が氷点下を越えた。 「パンダのがいいか」 「どっちもよくないわよっ!」 思わず両手でテーブルを叩いて立ち上がった。 「どれだけ私の印象をおかしくしたいの?」 「でも優雅だぞ」 「それすら怪しいわよっ」 小さく嘆息して、瑛里華は再び椅子に腰を降ろす。 「……どうしたらいいのかしら」 ノートを眺めて小さく呟く。 征一郎がチェス盤から視線を逸らすことなく口を開いた。 「去年の伊織を参考にするといい」 「なりません」 「確かに表面的に見ればただの奇行でしかないが」 「アレに何か裏があるとでも?」 征一郎は眼鏡のブリッジに人差し指で軽く触れながら答える。 「少なくとも新入生を歓迎する気持ちはこもっていた」 「まさか」 瑛里華は口で否定しながら去年の入学式の映像をもう一度思い浮かべてみる。 『兄を見て頭が痛くなった』 それは自分の感想。 |
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他の新入生たちはどう感じただろうか? 初めは茫然としていた。 しかし最後にはほとんどの生徒が楽しんでいた。 「なるほど」 あれが兄なりの歓迎の気持ちか、と瑛里華は納得した。 「つまり私に足りないのはその気持ちだ、と」 「俺はやりたいようにやっただけだ」 「謙遜が似合う柄か」 「征、俺から謙虚さを取ったら何も残らないぞ?」 征、と愛称で呼ばれた生徒会財務は、無言で駒を動かした。 「チェックメイト」 「……この程度で俺に勝ったと思うなよ」 「謙虚さはどこへいった」 二人の会話を聞き流しながら、瑛里華はノートの上の綺麗な字を見つめていた。 「よし、決めたわ」 やがて口の端に笑みを浮かべる。 「文章はこのままで、隠し味は本番に足しましょう」 「見てやろうか?」 「結構よ」 晴れやかな顔でノートを閉じた。 「誰にも見せないわ。これは当日までのお楽しみ」 そう言って、少女は自分に一番似合う表情――勝気な笑みを浮かべた。 |
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