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休み時間。 喧噪に包まれた教室の一角。 窓から差し込む明るい陽射しに、悠木陽菜は照らされていた。 椅子に座った同級生の髪を慣れた手つきで編んでいる。 しなやかな指先が髪を美しい曲線へと変えていく。 毛先までの細い三つ編みを完成させると、柔らかな微笑みを浮かべた。 「はい、できたよ」 「さすが陽菜、いいねこれ。ありがとっ」 同級生は満足げに髪を触りながら自分の席に戻っていった。 観客に徹していた二人の男子学生のうちの一人が口を開いた。 「悠木は立派な三つ編み師になれるんじゃねえか?」 冗談めかしに八幡平司が言う。 「ずいぶん限定的な職業だな」 観客のもう一人、支倉孝平は冷静に返した。 「そんな職業があるの?」 陽菜は小首を傾げた。 「ないだろ」 「ない」 司は力強く頷いた。 「だが、あるとすれば悠木はその世界でトップを狙える逸材だ」 「確かに」 「あはは、褒めても何もでないよ?」 少し照れたように笑った。 「なあ、編みやすい髪とかあるのか?」 司は自分の髪に触れながら聞いた。 「聞いてどうする」 「秘密だ。俺の髪でもできるのか?」 「ちょっと短すぎるかな。孝平くんならできるかも」 「よし孝平。俺の代わりにいっとけ」 「どこへだ」 「海外じゃ流行ってんだぜ?」 「たとえ本当だとしても、嫌だ」 孝平は司に手のひらを向けて断った。 「大体俺だって短いだろ。もっと長くないと三つ編み師としては物足りないんじゃないか?」 「うーん、長くて綺麗な髪の方が編んでて楽しいけど」 陽菜は思い出したようにちらり、と視線を向けた。 孝平と司もそれにつられる。 長い艶のある黒髪がそこにあった。 紅瀬桐葉。 近寄り難い雰囲気を放ちつつ、全てに興味なさそうな顔をしている。 「……編んでみたいのか?」 孝平の言葉に、陽菜は小さく頷いた。 「紅瀬さんとはあまり話したことがないから……」 「なるほどな、コミュニケーションを取りたいと」 「機会があれば、そうしたいかな」 「難しそうだな。どう思うよ?」 司の言葉に孝平の返答はなかった。 腕を組んで、何かを考えている。 「……どうした?」 「陽菜、俺に任せろ」 「なにを?」 陽菜の返答を待たずに孝平は桐葉の席へと向かった。 残された二人は孝平の様子を見守る。 「何か話してるね」 「交渉してんのか……?」 「白熱してるみたい」 「孝平だけな」 孝平が険しい顔つきで戻ってきた。 そして真剣な様子で陽菜に告げる。 「俺の髪を編んでくれ」 二人が言葉の意味を理解するまでに暫くかかった。 「何があったの?」 陽菜が心配そうに聞いた。 「俺が編んだら、紅瀬も編ませてくれるそうだ。だから頼む」 そう言って、椅子に腰かけた。 「いいの?」 迷うように聞いた。 「もう引けないんだ」 孝平の意思は固かった。 陽菜は司を見た。 司は重々しく頷いた。 「じゃあ、やるね」 「ああ」 陽菜の指が孝平の髪にそっと触れた。 優しい手つきで編み込んでいく。 心なしか、陽菜は楽しそうな笑顔を見せた。 短い孝平の髪に小さな三つ編みができた。 「できあがり」 陽菜は満足げに微笑んだ。 司は孝平に親指を立てて見せた。 孝平は陽菜に渡された鏡を見る。 そして小さく頷いた。 「よし」 |
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そして立ち上がると、陽菜の手を取って桐葉の元へ向かう。 「ちょっ、孝平くん?」 慌てる陽菜を連れて桐葉の目の前へ。 桐葉は憂鬱そうに孝平を見た。 「本当にやったのね」 呆れたように言う。 「次はお前の番だ」 桐葉が口を開こうとした瞬間―― 休憩の終わりを知らせる鐘の音が鳴り響いた。 「残念ね」 桐葉が残念ではなさそうに言った。 孝平がそれに反応して口を開きかける。 たぶん文句でも言おうと思ったのだろう。 「あの」 その声に、二人が陽菜を見た。 「今度、一度でいいから編ませてほしいの」 今まであまり話したことのないクラスメート。 孤高の少女に向けて勇気を振り絞った一言だった。 少しの沈黙。 桐葉が静かに言った。 「どちらでも」 その言葉に、陽菜は明るく微笑んだ。 |
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