SPECIAL STORY

第3話『似ているところ』

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トラブルを解決して出張学生食堂に戻る途中、コトとアシュリーは向かいからアンジェリークが歩いてくるのを見つけた。
「アンジェリーク! こちらは終わりましたよーっ」
アシュリーが声を張って呼びかける。
気づいたアンジェリークが、ぱっと表情を明るくして2人のもとへ小走りで駆け寄った。
「2人ともお疲れ様。原因はなんだったの?」
「モンスターの群れが街道を塞いでいたのです」
「全滅させといたよ。もう大丈夫だから安心して」
「本当に助かったわ。ありがとう、2人とも」
アシュリーとコトから報告を受けたアンジェリークが、安堵の表情で伝えた。
「2人が協力してくれたおかげで他の仕事を進められたわ。今度改めてお礼をするわね」
「いーよ別に。仲間なんだから、これくらい協力するって」
「コトの言う通りです。水くさいですよ、アンジェリーク」
「そ、そうなの?」
コトとアシュリーに申し出を断られ、アンジェリークが困惑する。
「けれど、私の仕事を任せてしまったのだから、その分の埋め合わせはしないと……」
「真面目すぎ。まあいいけど……とにかく、ワタシはお礼とかいいからね」
コトに賛同して、アシュリーも頷いた。
「それより、ワタシらと長話してる余裕ないでしょ。キャラバンの問題はこれで終わり」
コトはアンジェリークの後ろに回り、ぽんぽんと優しく背中を叩いた。
「アンジェリークはやること多いんだし、油売ってないで早く仕事に戻りな。ほれほれ」
「そうするわ。そっちも出張学生食堂の準備、頑張って」
「はいはい。また困ったことがあったら言って。ワタシとアシュリーは大体自由に動けるから」
「わかった。頼りにさせてもらうわね」
アンジェリークは爽やかに笑った後、その場を立ち去った。
その後ろ姿をしばらく眺めてから、コトとアシュリーも出張学生食堂へ歩き始めた。

その後は特にトラブルは発生せず、アンジェリークからコトたちへの要請もなかった。
すでに出張学生食堂の準備も終わり、ソフィ、アシュリー、コトはテーブルを囲み夕食をとっている。
3人は1日を振り返りつつ、話に花を咲かせていく。
今話題になっているのは、昼間コトがアシュリーに語ったことである。
「なるほど。フェス開催のために尽力するアンジェリーク様が、以前お仕えしていた方と重なって見えたと……」
コトの話を聞き終えたソフィが、頷きつつ言った。
「その姫様と、アンジェリーク様は似ておられるのですか?」
「似てはいないかなー。アンジェリークみたいに大きな夢を持つタイプでもなかったし。あと運動も苦手だった」
ソフィの質問に懐かしさを覚えつつ答えてから、コトはアシュリーを見た。
「そういえば、アシュリーもアンジェリークについて思うところがあるんじゃなかった? ワタシの話を聞いた後、そんなことを言ってたでしょ」
「ええ。店の準備をしている間に考えがまとまったので、聞いてください」
そう言うと、アシュリーは少し姿勢を正した。
「実は、アンジェリークと私が仕えていた前の主に、共通点があると気づいたのです」
「へぇ。どういうところ? 性格とか仕草とか?」
「言葉では表現が難しいのですが……為政者としての資質、でしょうか。アンジェリークにもエリーゼ様にも、生きる道を失った者に新たな道を示す力があります」
「あー、確かに。生活に困窮して山賊やってた人たちを雇うとか、まさにって感じだもんね」
補足したコトに、アシュリーは頷いた。
「それはかつての主、エリーゼ様が私にしてくださったことと似ています……2人には、騎士になったときの話はしたでしょうか?」
「いえ。聞かせていただいても?」
ソフィの問いにアシュリーが頷く。
「両親を失ってすぐ、私はエリーゼ様に引き取っていただきました。しかし当時の私は、家族を亡くしたショックで完全に塞ぎ込んでいたのです。あの方は、そんな私を見かねて『私のために生きろ』と道を示してくださった」
「それで騎士になったわけ?」
「はい。エリーゼ様のために生きるなら、騎士になった方が役に立てるだろうという、単純な理由です。しかし結果的に、私は騎士としての自分に誇りを抱けるようになりました」
「なるほどねぇ。『白銀の疾風』の伝説って、意外と素朴なイベントから始まってたんだ」
「コト、『伝説』はさすがに大仰で恥ずかしいです……」
アシュリーは赤い顔のまま、こほん、と軽く咳払いをする。
「ともかく、私に騎士としての生き方を示してくださったエリーゼ様と、領民に真っ当な人生を送る機会を作ったアンジェリークは、人に新たな道を示す力を持っている点で共通しています」
「なるほど……お2人が心から仕えた方と似ているのなら、アンジェリーク様は将来素晴らしい王になるかもしれませんね」
「そのときには帝国の再建も進んでそう」
ソフィの言葉に同調しつつ、コトは気の抜けた笑みを浮かべる。
「ビッグになったアンジェリークに雇ってもらって、面倒見てもらうのも楽しそうだね。いっぱいサボらせてもらおっと」
「コ、コト? あなたは主のもとを離れる気ですかっ?」
「あ。いや、冗談だって」
その後も、しばらくの間アンジェリークが話題の中心となり、時間は過ぎていった。
1時間ほど経って、ソフィが立ち上がる。
「話し込んでしまいました。明日も早いですし、そろそろお開きにいたしましょうか」
「はい。夜が明ければ、遂にマリンフェス当日です。アンジェリークの努力が実ることを祈りつつ、私たちも人事を尽くしましょう」
「だね……うー、忙しいんだろうなあ」
「間違いなく。なので今夜はしっかり休息をとり、明日に備えましょう」
アシュリーの言葉に、コトががくっと首を落とした。
「できれば丸1日寝てたいけど、そういうわけにもいかないしね。やるしかないかー」
コトの嘆きに、アシュリーとソフィが笑いをこぼした。

そして──
一夜明け、マリンフェスの開催日がやってきた。
帝国自治領の大通りには、朝から人で埋まるほど観光客が詰めかけている。
遠くから聞こえる波の音を、行き交う人々の楽しげなざわめきが掻き消す。そしてその賑やかさに負けぬよう、飲食店のスタッフたちが大声で客引きをしていた。
空は雲一つない快晴。夏の陽ざしが地上をギラギラと照らす中、時折潮風が吹いては道行く人を涼ませる。
そんな賑やかな通りの一角、オープンを数分後に控えた『樹理学園(アカデミー)の出張学生食堂』の前には、朝から行列ができていた。
コトとアシュリーはホールの準備をしつつ、窓から外の様子を眺める。
「うっわー、ちょ。アシュリー、もうすっごい数の人が並んでる。全員ウチが目当てなのかな?」
「そうでしょうね。皆、冥界の学園の料理を楽しみにしてくれているのです。粗相がないようにしなければ」
「ちょっと待って。朝から満席になるんじゃないの……もしかして、今日ずっと忙しい?」
「観光客が増え続けますし、昼過ぎまでピークは終わらないでしょう。サボっている暇はありませんよ」
「だよねー。まあでも、やるしかないか……腹を(くく)ろう」
「ふふっ。表情が穏やかですね。いつもと違って、忙しさを歓迎しているようにも見えます」
「いやいや。歓迎してるってわけではないよ。暇だとありがたいのはいつもと一緒」
コトは大勢の人で賑わう帝国自治領を見ながら、ふっと優しく微笑んだ。
「ただまあ、お客さんが多いのはマリンフェスが盛り上がってる証でしょ。アンジェリークには報われてほしいからね。今日1日の激務くらい乗り切るよ」
「その意気です。私も人事を尽くします。共にこの店を盛り上げ、わずかでもマリンフェスの成功の力になれるよう努めましょう」
「だね。マリンフェスは成功したけどワタシたちはダメダメでした、じゃ格好つかないし」
コトは深呼吸をして、覚悟を決めた。
彼女の引き締まった表情を見て、アシュリーは頼もしさを感じる。
「ソフィ! 今からお客様を案内します。大丈夫ですかーっ!」
「はーい。いつでも構いませんよ」
厨房の奥で料理中のソフィが、アシュリーの呼びかけに応じた。
「ではコト、準備はいいですか」
「オッケー」
コトとアシュリーが目配せをして、同時に扉を開ける。
「「ようこそ! 『樹理学園(アカデミー)の出張学生食堂』へ!!」」

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