SPECIAL STORY

第2話『風のように』

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しばらくして、コトとアシュリーはキャラバン遅延の原因を探りに向かった。
街の外の街道を目指し、人々の話し声と鳥の声が響き、潮の香りが漂う大通りを歩いていく。
「それにしても、ほんと華やかになったよね。前に来たときは、いかにも寂れた軍港って感じだったけど、面影もなくなってる。すっごいや」
オープンを控えた商店がずらりと並ぶ景色を眺めつつ、コトが感心した様子で声を上げた。
皆、明日のマリンフェスの準備に余念がない。
「ん? あれ。なんか香ばしい匂いがする。魚を焼いてるのかな」
「一部の店はすでにオープンしているようです。今日から現地入りしている観光客も少なくないですから」
アシュリーは街並みをぐるりと見渡してから、最後に海岸の方向へと目をやった。
「建物は美しく造り替えられ、フェスのメイン会場となるスタジアムも完成しました。アンジェリークは、生活に困って盗賊になった人々に仕事も与えたそうです」
「まだマリンフェスは始まってないけど、街を軍港から観光都市に変えるっていう目的は、ほとんど達成しちゃってるんじゃない?」
「ですね。アンジェリークの努力が実を結んだようで何よりです」
「あとはマリンフェスを成功させれば完璧だ」
コトがしみじみと言った。
優しく微笑むその横顔を見て、アシュリーの胸に再び疑問が湧いた。
「やはりアンジェリークが気になっているのですね。『思うところがあっただけ』と先ほど言っていましたが……」
「まあちょっとした感傷だよ」
コトは人差し指を顎に当て、澄み渡る夏空を見上げながらぽつぽつと語り始めた。
「トミクニで仕えてた姫様の初仕事が、お祭りを盛り上げることだったんだ。マリンフェスとは比べたら小さなお祭りだったけど。あのときの姫様と、フェスの準備で駆け回ってるアンジェリークが重なってさ」
「そうだったのですか……」
「しんみりしないでよ。今となってはいい思い出なんだから」
言葉の通り、コトの声音は弾んでいた。
「結構大変だったよ。ワタシも仕えたばかりで何すればいいかわからないし。結局、姫様もワタシもいい仕事はできなかったなあ。姫様が地元の人に好かれてたおかげで、お祭り自体は盛り上がったんだけど」
コトが朗らかに笑う。
「そんなわけで、アンジェリークが気になっちゃうんだよね」
「では、キャラバンの調査を申し出たのも?」
「力になりたかった。昔は姫様の役に立てなくて暗い顔させちゃったしね。あ、でも罪滅ぼしとかじゃないよ。お祭りの件は大きな失敗でもないし」
「なるほど。前の主と重なったとあれば放っておけるわけもありませんね」
「外出ついでにサボろうとしようとしたわけじゃないよ」
「わかっています。コトはそんな嘘をつきません」
「信用されてるみたいでよかった」
軽い調子で言って、コトは笑った。
「それにしても、アンジェリークが前の主と重なる……ですか」
アシュリーは口元に手を当て、考え込むように呟いた。
「ん? どうかした?」
「ああ、いえ。コトの話を聞いて、私もアンジェリークについて考えていました。まとまったら、機を見てお話します」
「ふーん。アシュリーもアンジェリークが気になるわけか。楽しみにしてる」

帝国自治領の外に出てしばらく歩くと、コトとアシュリーの視界にモンスターの群れが映った。
道を塞ぎ、多くのキャラバンが立ち往生している。
「明日はフェス本番だっていうのに……ちょっとは空気読んでくれないかなー」
「モンスターに常識は通用しません。急ぎましょう。襲われている人もいます!」
コトとアシュリーがそれぞれ得物を抜いて駆け出す。
1キロ近い距離を風のように駆け抜けて、2人はモンスターの群れへと飛び込んだ。
「お待たせしました、皆さん。《アイリス》がまいりました! モンスターはすぐさま退治します!」
「離れててねー」
凛としたアシュリーの声と、力の抜けたコトの呼びかけに、襲われていた人々は安堵の息をついた。
全周を敵に囲まれながらも、互いに背中を預け合うコトとアシュリーの表情には余裕がある。
「背中は任せたからね」
「ええ。コトは正面に集中してください」
「頼りになるー。ワタシも討ち漏らさないよう気をつけないと」
「心配していませんよ。私もそちらに意識を割くつもりもありませんので」
「信じすぎでしょ。まあ、ワタシも同じだけど」
にひひ、というコトの軽い笑みの直後、二振りの白刃が閃いた。
2人の《アイリス》によって、モンスターたちが凄まじい勢いで狩られていく。
『背中は任せた』という言葉に偽りはなかった。
コトもアシュリーも視線どころか意識すら後ろへ向けず、目の前の敵を倒すことだけを考え剣を振るう。
長い間《アイリス》として肩を並べて戦ってきて、お互いの強さは理解している。だからこそ全面的に信頼し、不安や心配を抱かずに己の戦いに集中できているのだ。
そして10分後、コトとアシュリーによってモンスターは狩り尽くされた。
2人が得物を収めると、商人たちが歓声を上げた。
彼らからお礼を受け、キャラバンの出発を見届けてからコトが口を開く。
「さて。トラブルも片づいたし、アンジェリークに報告しにいこうか」
「店の準備も途中ですからね」
軽く言葉を交わしてから、コトとアシュリーは帝国自治領への道を引き返すのだった。

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