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鈴木「こんにちはー」
何やら上機嫌な顔をして、足取りも軽く鈴木が部室に入ってきた。
脇に、何か大判の本を挟んでいる。
鈴木「ふんふんふーん♪」
わざとらしく、機嫌が良いことをこちらにアピールしてくる。
筧「はいはい。どうした? 今日はやけにご機嫌じゃないか」
鈴木「よくぞ聞いてくれました」
筧「言わせておいて何を言う」
鈴木「じゃーん」
俺のツッコミは無視して、鈴木は本を俺に見せてきた。
背表紙にラベルがある。図書館で借りてきたのだろう。
筧「工場・ダム・鉱山・ジャンクション写真集?」
鈴木「ええ。ずっと探してたんですがやっと借りられました。予約の順番待ちが相当長くて」
そういや、以前そっち方面が好きだという話をしてたな。
筧「特殊な趣味の持ち主が多い学園だな」
鈴木「ちっちっち」
立てた人差し指を顔の前で横に振る、芝居がかった演技を繰り出す鈴木。
鈴木「特殊な趣味とは聞き捨てなりませんよ筧さん。私の前に、この本の予約をする人が7人もいたんです。
大図書館でも相当上位の人気本だということです」
筧「特殊な人が鈴木を入れて8人いるって話だろ? それも教職員を含めて6万人弱の中の8人だ。十分に特殊だ」
鈴木「ご理解頂けないようで悲しいですが、まあ仕方ないです」
筧「機能美は分からんでもないが」
鈴木「美っていうより、萌え?」
筧「差が分からん」
鈴木自身も語尾にクエスチョンマークをつけてるくらいだ。分かってるかどうかは怪しい。
鈴木「まあ、見ればお分かり頂けると思いますが」
筧「ほう」
自信はあるようだ。
筧「じゃあ、お勧めの写真を見せてくれ」
鈴木「らじゃー」
ぺらぺらぺら、と真剣な様子でページを繰り続ける。
俺は鈴木の選定が終わるまで、自分の本を読みつつ待つことにした。
筧「……」
鈴木「むふー」
筧「……」
鈴木「ふぉぉ」
筧「……」
鈴木「ぶひぶひ」
筧「わざとやってるだろ」
鈴木「わかります?」
筧「お勧めの写真は、結局見つからなかったってことか?」
鈴木「いえ、多すぎて選べないっていうか」
筧「じゃあその候補を見せてくれ」
鈴木「では……これとか」

指を挟んでいたページを開いて見せてくれる。
煙突やダクトが、古いパソコンのスクリーンセーバーよろしくのたくっている工場の夜景写真だ。
評価は難しい。綺麗ではあるし、好きな人がいるんだろうなあ、というのは何となく分かるが。
筧「……なるほど」
鈴木「ピンと来てませんね」
筧「すまん」
肩を落とす鈴木。おずおずとした勧め方とは裏腹に、実は相当自信のある写真だったようだ。
なぜか謝らなくてはいけない雰囲気。
鈴木「ではこちらは?」
筧「えーと、堤防?」
鈴木「ロックフィルダムです。アーチ式コンクリートダムが好きな人も多いんですが、個人的にはロックフィルの安定感がたまりません」
筧「そういうもんか」
鈴木「これもダメですか……」
筧「またすまん」
鈴木「もうこうなったら、最終兵器出しますよ。ここは、キングの異名も持っています」
筧「お、おう」
鈴木「てやっ」
ばっ、と開かれたページ。
筧「これは……立体交差だな」
鈴木「キング・オブ・ジャンクションと呼ばれる箱崎ジャンクションです!」
筧「……ほう、なかなかすごいな。
ええと、分岐がとても多そうだ」
鈴木「おざなりな感想なら言わなくていいです」
筧「たびたびすまん」
鈴木「筧さんに素養が無いのは分かりました。あと、写真じゃ魅力が伝わりきらないんだと思います」
筧「現物を見れば違うと?」
鈴木「かもしれません。ご興味がおありなら、休みの日に近場の工場を見に行ったりとか……します?」
筧「んー」
他人の趣味の、どこが面白いのかという源泉を探るのは嫌いじゃない。
鈴木「あ、興味が無いなら無理にお誘いするでもないので。興味がないならないってはっきり言っちゃってくださいねっ」
わたわたと鈴木が予防線を張る。
筧「興味が無いわけじゃないけど、もう少し写真集で予習をしてみたいかな。その本、読み終わったら貸し
てくれよ」
鈴木「わかりました! ぜひぜひ」
嬉しそうに言う鈴木。
どちらかというと、自分の好き嫌いよりもその場のノリに合わせがちな鈴木だが、どうやらこの辺の趣味については本物のようだ。
筧「ちなみにその他のお勧めは?」
鈴木「廃鉱山もいいんですが、意外と金型やベアリングあたりを作ってる町工場もアツいですよ。NC旋盤の魔術師とかいますし」
……よくわからんが、アツいことだけは伝わってきた。

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