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とある祝日。
俺は一人、朝から部室で読書に勤しんでいた。
空調は効いているし、何よりこの本の香りがいい。落ち着く。少し古い紙とインクの醸し出すこの絶妙のブレンド。
これ以上、読書に合う香りが世の中にあるだろうか。
香りと言えばコーヒーを飲みたくなってきたな。
そう思い、席を立ったところに珍客が飛び込んできた。
がちゃっ
小太刀「ちょっとー、図書部うるさいぞー」
筧「嘘つけ」
小太刀「休みだからこっちはお客さんが少ないんだわ」
筧「そっちの事情はしらんが、部室に入るときはノックくらいすべきじゃないか」
小太刀「はいはい。じゃあやり直すから」
がちゃっ
部室を出て行く。
こんこん
筧「いません」
がちゃっ
小太刀「嘘つけー」
筧「コントかよ」
小太刀「それはこっちの台詞」
これ以上内容の無い話も珍しい、というくらい空疎な会話だ。
筧「……で、何しに来たんだ」
小太刀「ヒマなのでそれらを潰しに」
筧「それらって何だ。ヒマ以外にも潰したいものがあるのか」
小太刀「強いて言うなら、高慢に伸びた筧の鼻は潰したいわ」
筧「普通、そりゃ潰すんじゃなくて折るもんだろ」
小太刀「結果低くなるなら、手段にはこだわらない程度の柔軟性は持ってるつもり」
もはや会話のための会話ですらない、内容などどちらも必要としていないひどい状態だ。
筧「ま、お好きにどうぞ。だが俺の読書の邪魔はしないでくれ。お前も本でも読んだらどうだ? ヒマの方なら潰れるだろ」
小太刀「この部室、マンガはないでしょ」
筧「マンガしか読まないのか」
小太刀「そういうわけじゃないけど。あんたは何読んでんの」
筧「今日はそこの棚から適当に取った本だ。海の食物連鎖についての本だな」
小太刀「それ、面白い?」
筧「知識欲が満たされれば何でも面白い」
小太刀「じゃあ、その本でどんな知識を得たのか話してみてよ」
気だるげでもありながら、挑発的な視線の小太刀。
筧「……カニを食べる海の生き物は、やはり他の生き物よりカニを美味いと思って食べているのか、とか」
小太刀「どーでも良すぎる知識なんですけど」
筧「そうか? 気にならないか?」
小太刀「なーりーまーせーんー」
筧「じゃあこれはどうだ。カニを食べる海の生き物は、カニミソを美味いと思ってるのか? 問題」
小太刀「びっくりするほど興味ゼロ。あと何? その本は甲殻類の話しかないの?」
筧「まあ、多いとは言える」
小太刀「あいにく甲殻類の知り合いはいないし、本当に興味ないわ」
筧「ま、人によるか。小太刀には小太刀に合う本があるだろ」
小太刀「そんなら、筧が一冊本を選んでよ。そこの本棚からでいいからさ」
筧「小太刀の趣味が分からんし、さすがに無理だろ」
小太刀「じゃあ……人間の脳とか、発達とかに関する本」
筧「あったかな」
席を立ち、本棚を端から眺める。
読んだ本の中には、そういった本は無かった気がする。となるとまだ読んでない本が収められている本棚か。
難しい。
しかもできれば漫画形式の方が小太刀は読みやすいのだろう。
筧「んー……」
ダメ元で本棚に目を走らせる。この部室の本棚に入っている本は、自慢じゃないが9割方記憶のどこかに入っていると思う。
未読の本でも、タイトルや作者はどこかで覚えているものだ。
小太刀「ま、そうそう見つかるもんじゃないよね」
筧「……ん?」
見馴れない背表紙の本が、本棚の最下段にあった。
部室にある本は、歴代の図書部員が置いていった本か、大図書館から放出された複本(貸出予約が多い本などを二冊以上買い入れたもの)だ。
だから、ここ一年で増えた本など無いはずだが……
小太刀「何かあった?」
筧「ああ」
その本を取り出して小太刀に見せる。『漫画でわかる豊乳マッサージ48手〜オールタイムベスト〜』
小太刀「これ、私に読めって?」
腕組みをした小太刀の腕の上に、既に相当豊かなバストが乗っかっている。
明らかに不要な本だった。
筧「まあ、人間の発達って意味では小太刀の指定に添えたと思う」
小太刀「でも興味の湧かなさも絶品」
筧「そりゃ残念」

……こんな本をこっそり部室に置いていく奴は、一人しかいない。ま、そっとしておいてやるけど。
──その後、結局小太刀は閉館時間まで部室でだらだらしていた。
何のために来たのかは結局分からなかったが、幸い、俺がさっきまで読んでいた甲殻類の本に目覚めたらしい。
筧「……じゃ、そろそろ俺は帰る。部室の鍵も閉めるが」
小太刀「じゃー私もぼちぼち撤収しますわ。カニかエビが食べたくなって困るなー」
筧「わかる」
俺的には、本も読めたし充実した一日だった。小太刀にとってどうだったかはわからないが。

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